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東京地方裁判所 平成元年(ワ)7085号 判決 1991年1月23日

原告

友部正夫

野呂俊夫

清水信一

右三名訴訟代理人弁護士

菊池武

林紀子

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

浅野晴美

外六名

主文

1  原告らの国家賠償法一条一項の規定に基づく請求を棄却する。

2  原告らのその余の請求にかかる訴えを却下する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

一原告らは、「被告は、原告友部正夫(以下「原告友部」という。)に対し、同原告が後記各支払期日に生存することを条件として、平成一三年以降各年三月三一日限り一四万一四〇〇円宛を、原告野呂俊夫(以下「原告野呂」という。)に対し、同原告が既払分を含めて二五年間国民年金保険料を納付し、かつ、後記各支払期日に生存することを条件として、平成二三年以降各年六月三〇日限り二二万四六〇〇円宛を、原告清水信一(以下「原告清水」という。)に対し、同原告が既払分を含めて二五年間国民年金保険料を納付し、かつ、後記各支払期日に生存することを条件として、平成二六年以降各年一二月三一日限り二二万四六〇〇円宛をそれぞれ支払え。」又は「被告は、原告友部に対し、同原告が後記各支払期日に生存することを条件として、平成一三年以降各年三月三一日限り、原告野呂に対し、同原告が既払分を含めて二五年間国民年金保険料を納付し、かつ、後記各支払期日に生存することを条件として、平成二三年以降各年六月三〇日限り、原告清水に対し、同原告が既払分を含めて二五年間国民年金保険料を納付し、かつ、後記各支払期日に生存することを条件として、平成二六年以降各年一二月三一日限り、それぞれ二〇四一円に保険料納付済期間の月数及び昭和四八年法律第九二号附則二二条一項の規定に基づき政令で定められる年金給付額の改定率を乗じた金額を老齢年金として受給する権利を有することを確認する。」との判決及び「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その主張する請求の原因は、次のとおりである。

1  原告友部(昭和一〇年三月七日生れ)は昭和三五年一〇月一日に、原告野呂(昭和二〇年六月二四日生れ)は昭和四二年一月六日に、原告清水(昭和二三年一二月一六日生れ)は昭和四五年一月一日に、国民年金法(昭和六〇年改正法による改正前のもの。以下、「旧国民年金法」という。)の下において、それぞれ国民年金の被保険者資格を取得した者であって(ただし、原告友部は、昭和三四年法律第一四一号国民年金法附則二条の規定により、給付に関する規定を適用する場合においては、右資格取得日から昭和三六年三月三一日までは被保険者でなかったものとみなされる。)、平成元年一〇月四日の時点においては、原告友部においては昭和三六年四月から昭和三七年三月までの間、原告野呂においては昭和四二年一月から昭和四六年一二月まで及び昭和四八年四月から同年六月までの間、原告清水においては昭和四五年一月から同年一一月までの間の各月を除いて、いずれも所定の保険料を納付してきた。

2  ところが、旧国民年金法は、昭和六一年四月一日から施行された昭和六〇年法律第三四号国民年金法等の一部を改正する法律(以下「昭和六〇年改正法」という。)によって、年金制度体系の再編成と給付水準の適正化を図るという趣旨の下に大幅に改正され、旧国民年金法二六条及び二七条所定の老齢年金の支給要件及び年金額は、右改正法による改正後の国民年金法(以下「新国民年金法」という。)二六条及び二七条において、老齢基礎年金としてその支給要件及び年金額が改正され、これによって、新国民年金法の下での老齢基礎年金の給付水準は、旧国民年金法において受給が見込まれた老齢年金の年金額と比較して、明らかに低下した(なお、旧国民年金法の下における老齢年金及び新国民年金法の下における老齢基礎年金の両者を、その性質に反しない限度で、いずれも以下「年金」という。)。

これを原告らについてみると、仮に原告らが二五年間保険料を納付した場合、別紙試算表のとおり、旧国民年金法の下における年金給付額は各原告について六一万六六〇〇円となるのに対して、新国民年金法の下における年金給付額は、原告友部について四七万五二〇〇円、原告野呂及び同清水について各三九万二〇〇〇円となり、原告友部については一四万一四〇〇円、原告野呂及び同清水については二二万四六〇〇円少ない額となる。

3  しかしながら、国民年金制度は、社会保険方式を採用し、拠出制を原則としており、被保険者は、国に対して保険料を納付する義務を負うとともに、老齢等の事由が発生した場合においては国から保険給付を受けることができる地位を有し、原告らも、二五年間保険料を納付すれば六五歳に達したとき以後は毎年旧国民年金法所定の額の年金を受給することができるという認識の下に長期間にわたって保険料を納付してきたのであって、昭和六〇年改正法は、憲法二五条の規定を受けて既に実体法として具体化されていた社会権としての年金受給権の実現を阻害する立法であって、原告らのように既に保険料を納付して来た被保険者らの将来の受給権又は期待権を侵害する限度において、憲法二五条の規定に違反して、無効である。

4  立法府である国会が右のような昭和六〇年改正法を制定した行為は、公権力の行使にあたる公務員の不法行為に該当し、被告は、国家賠償法一条一項の規定に基づき、原告らが同法の制定によって被った損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。

また、昭和六〇年改正法が原告らの将来の受給権を侵害する限度において違憲であって無効であるとすると、原告らが受給できる年金給付額を定めるについては、新国民年金法二六条、二七条の各規定の適用はなく、旧国民年金法二六条、二七条の各規定の適用があるものというべきであり、したがって、原告らは、二五年間保険料を納付し(ただし、原告友部については既に同期間の保険料を納付済み。)、六五歳に達した場合には、六五歳に達した日の属する月以降一年毎にそれぞれ二〇四一円に保険料納付済期間の月数及び昭和四八年法律第九二号附則二二条一項の規定に基づき政令で定められる年金給付額の改定率を乗じた金額を老齢年金として受給する権利を有するものということができる。

5  よって、原告らは、被告に対して、国家賠償法一条一項の規定に基づき、各原告が既払分を含めて二五年間国民年金の保険料を納付し(ただし、原告友部を除く。)、かつ、各支払期日に生存することを条件として、旧国民年金法による年金給付額と新国民年金法による年金給付額との差額に相当する額の損害賠償金(原告友部について年額一四万一四〇〇円、原告野呂及び同清水について年額二二万四六〇〇円)の年賦による支払いを求め、これと選択的に、旧国民年金法所定の老齢年金として、右と同様の条件付で二〇四一円に保険料納付済期間の月数及び昭和四八年法律第九二号附則二二条一項の規定に基づき政令で定められる年金給付額の改定率を乗じた金額を受給する権利を有することの確認を求める。

なお、原告らの年金受給権又はその侵害による損害賠償請求権は、将来発生するものであるが、被告が将来原告らに対して旧国民年金法による年金給付をしないことは現時点において明白であって、年金受給権又はその侵害による損害賠償請求権が現実に発生するのをまって訴訟を提起したのでは、訴訟が確定するまでの間の原告らの生活が困難に陥ることが予想され、また、原告らは、既に二五年又はそれに近い期間にわたって保険料を納付していて、年金受給権の基礎となるべき加入及び保険料納付実績を有し、将来年金受給権の発生要件を具備することが確実であるから、将来給付又は確認の請求を求める本件訴えは、権利保護の利益があって、適法である。

二そこで、検討するに、原告らの本件訴えは、要するに、昭和六〇年改正法は、原告らのように既に保険料を納付して来た被保険者らの年金の給付水準を低下させ、将来の年金の受給権又は期待権を侵害する限度において憲法二五条の規定に違反して無効であることを前提として、一方においては、国家賠償法一条一項の規定に基づく損害賠償として、原告らが年金支給の資格期間の要件を充足し、かつ、年金支給期間及び支払期月に生存していることを条件として、旧国民年金法による年金給付額と新国民年金法による年金給付額との差額に相当する額の損害賠償金の年賦による支払いを求め、他方においては、これと選択的に、原告らが旧国民年金法所定の老齢年金として右と同様の条件付の同法の関係規定によって算定した年金受給権を有することの確認を求めるものである。

そして、先ず、原告らの国家賠償法一条一項の規定に基づく損害賠償請求については、仮に昭和六〇年改正法が所論の限度において憲法二五条の規定に違反して無効であるものとすれば、その限度において旧国民年金法の関係規定が現にそのまま効力を有することとなり、原告らが年金支給の資格期間の要件を充足し、年金支給の年齢に達したときに、社会保険庁長官の裁定を経た場合には、旧国民年金法所定の老齢年金を受給することができることになるのであるから、そもそも違憲、無効な昭和六〇年改正法によって原告らのように既に保険料を納付して来た被保険者らの将来の年金受給権又は期待権が侵害されるということが生じる余地はないものといわざるを得ない。原告らの右請求は、一方では立法府である国会が違憲、無効な立法たる昭和六〇年改正法を制定したことを国家賠償法一条一項の規定に基づく請求の原因としつつ、他方では同法が効力を有し、これによって原告らの権利又は利益が侵害されたものとして、損害賠償の請求をするものであって、前後において矛盾し、主張自体失当として、排斥を免れない。

次に、旧国民年金法所定の老齢年金の受給権を有することの確認を求める原告らの訴えについては、原告野呂及び同清水が未だ年金支給の資格期間の要件を充足していないこと及び原告らが年金支給開始の年齢に達していないことは、その主張に照らして、明らかなところである。そして、年金の受給権は、受給権者がその支給要件を充足して年金の給付を受ける権利(いわゆる基本権)を取得して、社会保険庁長官に対して基本権たる受給権の確認の請求としての裁定の請求をし、これに対して社会保険庁長官が受給権の裁定を行い、その確定をまってはじめて、各支払期月に一定の年金の支払いを受けることができる行使可能な具体的請求権(いわゆる支分権)として存立するに至るものであって(国民年金法一六条、一〇一条、一〇一条の二参照)、被保険者は、それ以前においては、将来、支給要件を具備した段階において、基本権又は支分権としての年金受給権を取得することを期待することができる地位にあるに過ぎない。ところが、原告らは、未だ具体的請求権としての支分権たる年金受給権はもとより、基本権たる年金受給権をも取得していないにもかかわらず、基本権及び支分権たる年金受給権の発生要件自体を単なる条件に過ぎないものとし、原告らが既にこのような条件付の具体的請求権としての支分権たる年金受給権を有するものとして、その確認を求めるものであって、結局は、右のような論理を藉りて昭和六〇年改正法の抽象的な法令の違憲判断を求めるのと選ぶところはなく、原告らの右の訴えは、公法上の当事者訴訟又はいわゆる無名抗告訴訟のいずれとしても、これを適法なものと解する余地はない。

三以上のとおりであるから、原告らの国家賠償法一条一項の規定に基づく請求は、理由がないからこれを棄却し、原告らのその余の請求にかかる訴えは、不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上敬一 裁判官小原春夫 裁判官徳田園恵)

別紙<省略>

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